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管理人の個人的考えのコラムです。
医学的根拠も何もありません。

この悩みは、本当にそれほど悩む価値のあることなのか


 私がふと気付いたこと

私は、すっごいうじうじ考えたがりでした。
小さいことに一人悩んで、苦しんで、そのために穏やかな時間や楽しいことを犠牲にしてきました。
過去に縛られ過ぎて、今を台無しにしていました。

でも、あるときふと気付きました。
私が縛られている過去の出来事は、本当にそれほど悩む価値のあることなのかな??
もう、十分苦しんだし、これ以上苦しまなくてもいいんじゃない??ということに。

 あなたはどっちのタイプですか?

世の中には、悲しいことも、苦しいことも、不安になってしまうことも、本当にたくさんあります。

でも、同じ出来事に遭遇しても、すごく悩んだり落ち込んだりする人と、ちょっとで立ち直る人がいますよね。
例えば、職場で上司に怒られたとします。
Aさんは、1週間落ち込みました。
「どうして私は仕事ができないんだろう…」と自分を責めたり、「あの上司は何にも分かっていない!」と怒ってみたり、「もう仕事辞めたい…」というところまで落ち込んだり。
一方Bさんは、上司に怒られても次の日にはけろっとしています。

過去の私は、完全にAさんタイプでした。
あなたはどちらですか??

 人は、自分で落ち込みや悩みの度合いを決めている

人の落ち込み度合いに、数字を付けられると考えてみましょう。
(変な発想かもしれないけど、ちょっと考えてみてください。)
職場で上司に怒られたということに対して、私は300落ち込みを支払いました。
私にとっては、300落ち込みする価値のある出来事だったのです。

それに対して、Bさんは10落ち込みくらいしか支払わなかった。
Bさんにとっては、それくらいの価値の出来事だったのです。

では、落ち込み度合いを決めているのは誰なのかというと、AさんとBさん、それぞれ本人が決めているんですね。
上司に怒られるという出来事自体は、良いも悪いもありません。
単なる出来事です。単なる事実です。

でも、それに対して、「私はこれくらい落ち込みます」「私はこれくらいしか落ち込みません」というのは、本人が決めて、本人がその代償を支払っているのです。
これには、その人自身の考え方の癖が大きく関係していると思います。

同じ出来事に対するとらえ方は、本当に人それぞれです。
1キロ太ったとします。
1キロ太ったことには、良いも悪いもありません。
単なる事実。
ある人は、「あ、1キロ太ってるな」というだけで終わることなのに、過去の私はその出来事に対して1億落ち込みくらい支払っていました。
人生終わり!くらいの落ち込み度合いですね。
それを決めていたのは、病気の私でした。
病気が、落ち込み度合いに大きな影響を与えて、本当は支払わなくてもいいほどの落ち込みを支払っていたのです。

過去のことに対してもそうです。
過去の出来事に怒り苦しみ、周囲も自分も攻撃し続けていました。

もちろん、その出来事たちは、私にとってそれほど衝撃的な出来事だったのです。
ある程度の落ち込みを支払う必要が、私にはあったし、そういう時期も必要だったのだと思います。


でも、もう十分支払った。
もう、支払い過ぎている。
本当は、1000苦しみくらいでいいのに、私はすでに3億苦しみくらい支払っている気がする…。
支払い過ぎて疲れたし、もういいや…。
私にはそんな時が、あるときふとやってきたのです。
それは、過去の出来事に対してのことでした。
過去の出来事や家族に対する恨みについて、私はもう十分苦しんだと思えたのです。
もう縛られたくないと思えたのです。

私に必要な苦しみや落ち込みを、完全に味わい尽くし、苦しみつくしたからこそ、そこにたどり着いたのかもしれません。
そして、落ち込みや苦しみの度合いは、自分自身で決められるし、どこかで終わりにすることも自分で決められるのだということに、気付けたからだと思います。

 あなたが縛られている過去、もう手放してもいいかもしれません。

あなたには、縛られている過去はありませんか?
許せない人はいませんか?

それは、あなた自身にとってそれくらい苦しみ、悩む価値があることなのでしょうか。
この世にたったひとりしかいない、大切な大切なあなたが、苦しみ続ける価値のあることですか?

もちろん、あなたにとっての苦しみ、悩みは、人と比べることができません。
あなただけの価値や基準によって、苦しみ、悩む必要があるのだと思います。
すべての悩みや苦しみに、その人なりの事情や理由が存在します。
決して、あなたの悩みや苦しみが「たいしたことではない」と言っているわけではありません。

でも、必要以上に悩み過ぎたり、苦しみ過ぎたりしている人も、中にはいるかもしれません。
あなたはどうですか??
もう、十分苦しんだ…という人はいませんか?
あなたは、必要以上に代償を支払い過ぎていませんか?
そんな人は、そろそろ支払いは終えてもいいと思います。
ある出来事に対して、落ち込みや苦しみを、本当の価値以上に支払い過ぎるあまり、自分自身を傷つけることは、どこかで終わりにしましょう。
それは、あなた自身が決めることができることなのです。
すぐにはできなくても、あなた自身に選択の余地があるということを、心のどこかに置いておいてください。

 編集後記

私は、自分が苦しみ続けている中で、周りの人にも苦しみを押し付けている時期がありました。
私がこんなに苦しんでいるんだから、あなたも苦しんでよ!
楽しい顔なんてしないでよ!と。
人それぞれ、悩むペースも苦しむペースも、一つの出来事に支払う落ち込み度も違うのに、それを認められず、自分の基準や苦しみを押し付けていたんですね。
本当に申し訳ないことをしていました…。

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